| 1922年 |
岡山県児島郡味野町(現倉敷市)に生れる。 |
| 1948年 |
東京美術学校を卒業。静岡市立第一中学校に就任する。第4回日展に「鶏小屋」が初入選する。 |
| 1957年 |
光風会第43回展に「立春の道」を出展し、プールヴ賞を受賞。 |
| 1958年 |
船で横浜からマルセーユまで行き、渡仏する。40日間かけてイタリアまで原動機付自転車で旅行する。滞欧中、藤田嗣治と親交を結び、「日本に帰ったら秋田や東北がいいから一生懸命に描きなさい。」と励まされる。 |
| 1960年 |
文藝春秋画廊(東京)にて帰国後初の個展を開く。 |
| 1961年 |
夏、津軽へ行き、ねぶた祭に感動する。津軽三味線の音色に驚き、宿の古老から瞽女のことを教えられる。 |
| 1962年 |
瞽女に惹かれ、盲目の女性を描く。 |
| 1971年 |
「星になった瞽女(みさお瞽女の悲しみ)で第14回安井賞佳作賞を受賞。 |
| 1973年 |
『瞽女・盲目の旅芸人』で第21回エッセイストクラブ賞を受賞。
『越後瞽女日記』でADC賞(美術出版社)を受賞。 |
| 1979年 |
池袋西武百貨店(東京)にて「さすらい・斎藤真一展」を開催。
斎藤真一作品集 1941〜1979』(不忍画廊)を刊行。
スペインのラマンチャ、アンダルシアを旅行する。 |
| 1987年 |
『明治吉原細見記』と『吉原炎上』が五社英雄監督によって映画「吉原炎上」(東映株式会社)として上映される。 |
| 1993年 |
山形県天童市に出羽桜美術館分館 斎藤真一心の美術館を開館する。 |
| 1994年 |
9月18日逝去。享年72歳。 |