西洋画家
田中保、萩原高徳、藤田嗣治、吉岡耕二、ヤマガタの作品、略歴を紹介しております。画廊、ギャラリーリッチ(大阪)では、各作家の絵画を販売しておりますので、お気軽にお問い合わせください。また、現在作品が紹介されていない作家もお問い合わせいただければ、お取り寄せ可能か判断し、ご連絡いたします。
田中 保(1886〜1941)
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■作品紹介
上段:田中保『微笑む裸婦』
????年/ドローイング
32.0cm×17.5cm
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作家略歴紹介
| 1886年 |
埼玉県岩槻市に生まれる。 |
| 1904年 |
埼玉県立浦和中学校(現・浦和高校)を卒業。
単身渡米、シアトルに住む。
職を転々として生活を支える。 |
| 1908年 |
この頃より独学で絵画の勉強を始める。 |
| 1912年 |
この頃よりオランダ人画家フォッコ・タダマの画塾で学び始める。 |
| 1914年 |
「ザ・タウン・クライヤー」紙に「芸術のあるべき姿」と題する自らの芸術論を寄稿する。 |
| 1915年 |
シアトル市公立図書館で初個展。 |
| 1917年 |
シアトル・ファイン・アーツ・ソサイアティで個展。
裸婦を描いた作品が風紀上好ましくないとの理由から撤去勧告を受け、田中は抗議の声明文を発表する。
同年11月、詩人で美術評論家のルイーズ・ゲブハルト・カンと結婚。 |
| 1920年 |
点の油彩(ほとんどが裸婦)を携え、渡仏。
パリのシャプタル通りに居を構え制作を開始、画塾も開く。 |
| 1921年 |
アンリ・リットルフ通りに転居。
マルセル・ベルネーム画廊で個展開催。
ドゥヴァンベス画廊で個展開催。
<銅の花器>がフランス政府買上となる。 |
| 1923年 |
ノートルダム・デ・シャンに転居。
同じアパルトマンには詩人のエズラ・パウンドが居住。
この頃すでにジェイムズ・ジョイスら英米文学者との交流が始まっている。 |
| 1924年 |
マルサン画廊で個展。
<渓流にて>がリュクサンブール美術館買上となる。
滞仏中の東久邇宮、朝香宮および同妃夫妻が、同展出品の中から八点を購入。
この年<裸婦>が松方コレクションに入る |
| 1927年 |
サロン・ドートンヌ会員となる。 |
| 1929年 |
サロン・デ・ナショナル会員となる。以後サロンを中心に作品を発表する。 |
| 1941年 |
パリにて逝去。享年54歳 |
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吉岡耕二(1943〜)
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作家略歴紹介
| 1943年 |
大阪に生まれる |
| 1962年 |
大阪市立工芸高等学校 美術科 卒業 |
| 1967年 |
渡仏 パリ国立美術学校に留学 |
| 1968年 |
サロン・ソシエテナショナル・デ・ボザールに出品。
サロン・アーティスト・デ・フランセーズ受賞。
サロン・ソシエテナショナル・デ・ボザール新人賞候補。
美術誌「アート」に紹介される。
スペイン・ポルトガル・モロッコ・アルジェリア旅行。 |
| 1970年 |
サロン・ドートンヌ初出品(翌年共2年連続)会員候補に推挙される |
| 1971年 |
サロン・テール・ラテンに招待される |
| 1972年 |
インド・ネパール旅行 |
| 1973年 |
パリにおける各展のほか、アンデパンダン展にも出品 |
| 1975年 |
サロン・ドートンヌ正社員となる。
(日本人としては最年少31歳) |
| 1981年 |
14年間の在仏生活を終え帰国 |
| 1985年 |
梅田阪急百貨店にて個展 |
| 1986年 |
渋谷西武百貨店にて個展(以後、東京と大阪にて隔年毎個展開催) |
| 1987年 |
エジプト旅行 梅田阪急百貨店にて個展 |
| 1988年 |
西武百貨店(渋谷・大宮・船橋)にて個展 |
| 1989年 |
モロッコ旅行 |
| 1991年 |
梅田阪急百貨店にて個展 |
| 1992年 |
メキシコ旅行。渋谷西武百貨店にて個展。 |
| 1993年 |
スペイン旅行。宝塚西武百貨店にて個展。 |
| 1994年 |
カリブ旅行。西武百貨店、阪急百貨店にて個展。 |
| 1996年 |
ギリシャ旅行。梅田阪急百貨店、宝塚西武百貨店、三越百貨店にて個展。 |
| 1997年 |
東急Bunkamuar Gallery、神戸阪急百貨店にて個展 |
| 1998年 |
梅田阪急百貨店、東急Bunkamura Galleryにて個展 |
| 1999年 |
クラッシック“エスプリシリーズ”
CDジャケット20種(東芝EMI) |
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作家略歴紹介
| 1949年 |
北九州に生まれる |
| 1976年 |
東京芸術大学油画科 卒業 |
| 1978年 |
東京芸術大学大学院 修了 |
| 1988年 |
個展(泰明画廊) |
| 1989年 |
セントラル美術館油絵大賞展 大賞受賞 |
| 1990年 |
個展(泰明画廊) |
| 1993年 |
個展(泰明画廊) |
| 1995年 |
個展(東美特別展・東京美術倶楽部) |
| 2002年 |
個展(東美アートフェア・東京美術倶楽部) |
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ヒロ・ヤマガタ(1948〜)
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■作品紹介
上段:ヒロ・ヤマガタ『旅立ち』
????年/シルクスクリーン
68.0cm×76.5cm
中段:ヒロ・ヤマガタ
『たそがれのコンコルド広場』
????年/シルクスクリーン
29.0cm×38.0cm
下段:ヒロ・ヤマガタ
『フライング・オン・キャッスル』
????年/シルクスクリーン
30.0cm×38.0cm
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作家略歴紹介
| 1948年 |
5月30日、滋賀県坂田郡米原町に生まれる |
| 1964年 |
滋賀県立米原高校入学。高校の美術教師であった日本画家・椙村睦親氏に師事。県展などの公募展で受賞多数。 |
| 1967年 |
高校卒業。椙村氏のもとに入門し、日本画を学ぶが、アンリ・ルソーの素朴画にも魅かれる。その後単身上京。画材屋、広告会社、東京芸大で雑用のアルバイトをする。広告会社でのイラストの仕事が認められ、広告界で働く。 |
| 1972年 |
恋人のあとを追って渡欧するが、結局、パリで絵を描いて生活するようになる。 |
| 1973年 |
エコール・デ・ボザール(パリ国立美術学校)の聴講生となる。パリの「ギャラリー93」と契約。オーストリア・ウィーンで初めての個展開催。 |
| 1974年 |
サロン・デ・ボザール、サロン・ドートンヌ、フランス画家協会展に出品し、その名を知られるようになる。(以後、78年まで毎年出品)。イギリス・ウィンザーで個展。 |
| 1978年 |
アメリカのロサンゼルス市に移住。シルクスクリーンを制作し、サンフランシスコ、ロサンゼルスで催した個展に成功。一躍、不動の評価を得る。 |
| 1983年 |
レーガン大統領を名誉会長とする人類飛行200周年記念財団より、記念の祝典ポスターに作品『エアーショー』(1982年作)が選ばれる。 |
| 1984年 |
オリンピックを開催するロサンゼルス市の、観光誘致キャンペーンのための公式ポスター用の原画制作を依頼される。 ロードアイランド州が、9月21日を「ヒロ・ヤマガタの日」に定め、同州ワーウイック市からは名誉市民の称号が贈られる。 |
| 1986年 |
自由の女神100周年記念事業団(会長・レーガン大統領)より同記念の公式ポスターの原画制作依頼を受けて、作品『自由の女神』を描きあげる。 |
| 1987年 |
アメリカ・オリンピック委員会より、1988年開催予定のカルガリー冬季オリンピック大会と、ソウルオリンピック大会の公式ポスターのための原画制作を依頼される。フジサンケイグループ主催の「夢工場’87」のポスターのための原画『サマーカーニバル』を制作。
アメリカ政府より、憲法制定200周年記念ポスター原画制作の依頼を受ける。 |
| 1988年 |
エッフェル塔100周年記念等のポスター原画、レーガン大統領の肖像画を制作。 |
| 1989年 |
サンフランシスコ地震救援のため『ファイヤーワークス』の売上金額をサンフランシスコ赤十字社へ寄付。名古屋デザイン博ポスター制作。 |
| 1990年 |
アメリカ移民200周年、ベルリンのフリーダムキャンペーンのポスター原画制作。 |
| 1991年 |
'91世界陸上のポスター原画制作。バルセロナオリンピックのポスター原画制作。 |
| 1992年 |
コロンブス新大陸到達500周年記念ポスター原画制作。ベリースペシャルアート協会、心身障害者団体に600万ドルの寄付をする。 |
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